フランス人の「お金をかけずに手間をかける」が日本とここまで違うワケ

 2月の恵方巻、12月のクリスマスケーキ、土用の丑の日のうなぎ……。これらの食べ物の大量廃棄問題はメディアなどでも大きく取り上げられ、もはや、食べる風習そのものよりもその季節の風物詩になりつつあります。

まだ食べられるのに捨てられてしまう食品、いわゆる「食品ロス」の量は年間612万トン(2017年度)。この、食べ物をむだにしている状況はここ数年大きくは変わっていません。

 食料の量自体は、計算上世界中の人たちが食べるのに十分なはずなのに、毎年飢えに苦しむ人がいます。この食料の「不均衡」の原因の一つに、「食品ロス」があります。

 世界が一体となって取り組む目標とされているSDGs(持続可能な開発目標)。そのゴールのひとつである、「つくる責任 つかう責任」では、企業単位でも家庭単位でも、皆が食品をむだにしないよう心がけて食品ロスを減らし、食料の不均衡をなくしていくことを目指す、世界規模の目標を掲げています。

 そんなSDGsをわかりやすく伝える「おはなしSDGs」シリーズより、「つくる責任 つかう責任」をテーマにした書籍『未来を変えるレストラン』(2021年2月)を刊行した、作家の小林深雪氏が考察します。

世界一おいしいバゲット

「ひとり、50キロ!」

 データを見て、驚きました。

 日本国内で1年間に捨てられる食料は、2550万トン。なんと、国民ひとりあたり「50キロ」もの食べ物をむだにしている! (※)

 ※日本国内で1年間に捨てられる食料は、約2550 万トン。そのうち、本来食べられるのに捨てている食品(食品ロス)は、約612 万トン。

 しかも、食品ロスの半分近くは、わたしたちの家庭から出ています。買いすぎや食べ残し、期限切れで未使用のまま捨てられてしまう多くの食品……。野菜や果物の皮や芯など、まだ食べられる部分もゴミになっています。ゴミが増えれば、地球温暖化にも拍車がかかります。

 でも、子どもたちに「(苦手な)ニンジンの皮やブロッコリーの芯まで食べましょう!」といったら、うんざりしてしまうかもしれません。では、どう伝えれば、どんな「おはなし」を書いたら、子どもたちに興味を持ってもらえるのでしょうか? 

 「そうだ! 世界一おいしいバゲットのことを書こう!」

大学時代に行ったパリの思い出

バケットには、忘れられない思い出があります。

 大学生の時(いまから35年以上前! )、春休みを利用して、フランスのパリに住む叔母夫妻を訪ねました。着いた翌朝、「焼き立てのバゲットを買ってきて!」と叔母に頼まれました。フランスでは、多くの家庭が、朝、焼きたてのパンを買いに行きます。

 「お店では、かならず、あいさつとお礼をしてね」パンの買い方を叔母からレクチャーされ、わたしは、早朝のパリの石畳を足速に歩きます。

 「ボンジュー、ムッシュー。ユヌ・バゲット・シルブプレ(バゲットを一本ください)」カタコトのフランス語で、エプロン姿の太った優しそうなおじさんに話しかけます。

 すると、おじさんは、細長いバゲットを手で持つところだけ小さい紙でくるっと巻いて(なんというエコ! )、笑顔で渡してくれました。

 バゲットは、まだあたたかく焼きたてのパンのいい香りがします。「メルシー、マドモアゼル」「メルシー、オーボア!」お礼を言って店を出ます。自分ひとりで、カタコトのフランス語で買い物ができた。それは、わたしにとって、飛び上がりたいほどうれしい初体験でした。

 フランス人の朝ごはんは、シンプルです。焼き立てのバゲット。バター、ジャム、オレンジジュース。そして、コーヒー。

 バゲットは、長さ10cm程に切って、さらに横からナイフを入れて縦にカットして、バターとジャムをぬります。焦げ目の強いパリパリの皮は香ばしく、中は、もっちりふわふわです。

 「パリのパンは世界一おいしい!」わたしが叫ぶと、フランス人の叔父は「当然」という顔でうなずきます。窓からは、水色の空とエッフェル塔が見え、どこからか教会の鐘の音がします。今でもバゲットを食べるたびに、あの朝の感動と風景を思い出します。

「失われたパン」?

そんなある日、キッチンで石のようにカチカチになった残ったバゲットを見つけました。「さすがに、もう食べられないよね?」と、わたしが聞くと、叔母はそれをフレンチ・トーストにしてくれました。

 フランスでは「パン・ペルデュ(失われたパン)」といい、固くなったパンを美味しく食べようとしたのが、名前の由来とのこと。

 バゲットを卵と牛乳とお砂糖を混ぜた液にひたして、バターをたっぷり溶かしたフライパンで焼きます。すると、バゲットはふんわりとやわらかくよみがえり、贅沢な一品になったのです。

 日本に帰るとき、「フランスでなにが美味しかった?」と聞かれ、「バゲット!」と即答したわたしに、叔母は心底がっかりしていました。「もっと美味しいものをたくさん食べさせたでしょ! お願いだから、日本に帰って、みんなにそう言わないで。わたしがろくなものを食べさせなかったみたいじゃない!」

 でも、それほど、あの朝の焼き立てのバゲットの美味しさは衝撃でした。そして、あまった食材でも手を加えて工夫すれば美味しく食べられる。そのことを教えてくれたのもバゲットでした。

 グルメにファッション。訪れる前のフランスには、華やかなイメージがありました。でも、実際、そこで暮らす人たちは、日本よりずっと質素で堅実でした。訪ねたどの家庭でも、「お金をかけずに手間をかける」ことを大切にしていました。そして、それがとてもセンスよく見えたのです。

 そして、そんな経験が、『未来を変えるレストラン』というタイトルのおはなしになりました。

「食品ロス」を子どもに向けた物語に

主人公は、小学五年生の女の子、サラちゃんです。お料理が大好きで、将来はシェフになり、自分のレストランを持ちたいと考えています。

 夏休み。サラちゃんは、フランス人のおばあちゃんの家で過ごします。買い物や料理のお手伝いをするうちに、おばあちゃんの家は、自分の家に比べてゴミがかなり少ないことに気がつきます。どうして? そして、どうやって? 
 将来、自分が夢をかなえてシェフになったら、美味しいお料理を作るだけではなく、ほかにも考えなければいけないことがある。そして、わたしたちひとりひとりが積み重ねるほんの小さなことで、世界や未来を変えることができる。サラちゃんは、おばあちゃんの家で生活しながら、それを学んでいくのです。

 この本を読んだ子どもたちが、『食品ロス』に少しでも関心を持って、なにかひとつでも実践してくれたら、とてもうれしく思います。

 そして、SDGsについて、大人には思いもつかないような、よりクリエイティブなアイディアを思いついてくれるかも! そんな期待もしています。

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